過去と訣別させてくれるもの
今日は大雪で仕事が中断されたので早く帰って来ました。
そのためまだ体力があるので、今夜はもう一つブログを更新したいと思います。
「記憶は霊的なものか」という記事でも書いたのですが、カトリックでの洗礼に向かうにつれ過去のことは忘れるようになりました。
どんなこともぼんやりとしか思い出せないのです。
良かったことも悪かったことも。
だからと言って日々の生活で使う能力が極端に下がってるかといるとそういうことでもない。
とにかく、それがまるで「今を生きるのに不必要だから」という具合に過去のことを思い出せなくなっているのです。
みなさんは「こんな過去の記憶からは抜け出したい」と思うことはないでしょうか?
私はそういうことがたくさんありました。
「闇深い場所」での生活を含めて、とても辛い人生だったのです。
恐らく、過去の記憶を失いつつあるというのは防衛本能半分、霊的現象半分…だと思っています。
「霊的現象」と言うのは、辛い記憶から逃れられると言うのは、神のご加護でもあると思っている、ということです。
イエス様をはじめ、これまでご縁のあったご神仏からのご加護を頂き、今こうして穏やかな精神状態で生きていられる、ということなのだと思います。
ちなみに、かつては霊的現象を信じない方でしたが、今は…それが殆ど当たり前にあることかのように受け止められるようになりました。
だからと言って霊能者の話を鵜呑みにするとか、そのような態度になるわけではありません。
霊感でキャッチできることは大概周りの多くの人と共有できないものです。
そういうものに対して断定的な表現で話すことを、私は良く思わない人間なのです。
今も特に「幸せ」という程の人生ではありませんが、こうして落ち着いてブログを書けるだけでも良いと思うようにしています。
今、教会に関わってるので痛感しますが、日々の生活もままならない人たちというのは日本には大勢いて、多くの面で格差が広がってると思います。
過去の自分に訣別し、新しい自分に生まれ変わって前向きに生きられるように、そして多くの社会問題について考えて行けるように、自分軸をしっかりさせたいですね。
カトリック入信はそのためのものです。